LOGIN第五十二話 三姉妹
春の縁日、九朗助稲荷の周辺には出店が並ぶ。 毎月のように縁日があるのだが、春だけは盛大に行われる。
「お前たち、いなり寿司を食べよう」 文衛門が妓女や禿たちにいなり寿司を配る。 文衛門は、妓女たちを娘として可愛がってくれている父親の存在である。
「おいし~♪」 小夜と古峰が盛り上がっている。 妓楼では少しの朝食で、夜は客が残したものを食べている。
こういう場での食事は格別であった。
特に信仰を集めている九朗助稲荷は、数多くの妓女が集まってくる。 縁日であれば、なおさらである。 ここで花魁などは派手な衣装で道中さながらで登場する。
先頭でやってきたのは小松
第 百十六話 強襲 敵襲と聞いた本隊は、小倉城に構えている部隊に伝令を送る。 明治九年は農作物が豊作な年であった為、値段が下落していた。 その為、農家たちが一揆を起こした萩の乱である。その頃から士族への締め付けも厳しくなったことで九州での乱が頻発していくことになる。 本隊と呼ばれる大木の部隊は動いていなかった。 「三原さん…… 私たちにできることは……?」 医師団の一人が訊くと、 「政治のことは解りません…… 私、十五歳ですよ」 梅乃がニカッと笑う。 梅乃は、いつの間にか頼られる存在になっていた。 「そりゃそうだ…… 梅乃は政治とは無縁の場所の出身だからな」 高坂が豪快に笑うと医師団の雰囲気が明るくなる。 「それにしても、吉原から医者になろうとはね…… 花魁だっけか? そういうのには興味がなかったの?」 「実家は遊郭ですが、姉妹もいます。 私にはむいていませんので姉妹に任せています」 梅乃がニコッとする。 「この戦が終わったら、三原さんの遊郭で宴でも開きたいですね」 医師団の一人が言うと 「お前さんの給料で払えたらな…… 梅乃の実家は大見世と言って、とんでもなく高いんだぞ」 高坂は何度か大名の付き添いで吉原に行ったことがあるそうだが、ただ恐縮するばかりで見世の名前までは覚えていなかった。 「へぇ~ どこの見世か気になりますね~♪ ウチは三原屋ですが、鳳仙楼や長岡屋など色々
第 百十五話 野営本隊 明治九年 十二月十日、近衛師団の第一陣が薩摩にやってくる。 「よし、荷物を脇に寄せて集まれ!」 近衛師団の陣営は野営である。 本拠地ではないので、建物を用意する時間がなかった。 相手は明治維新の立役者の西郷隆盛が率いる薩摩藩であり、強敵だ。 「まさか吉之助(隆盛)が乱を起こすとは……」 大木が深く息を落とす。 「それでは第一部隊から前へ!」 司令官の声が聞こえ、梅乃は黙って兵隊の動きを見つめていた。 「梅乃ちゃん、これから何が起こるか分かるかい?」 大木が訊くと、梅乃は静かに頷き 「戦《いくさ》ですね。 その為に呼ばれたのでしょう……」 視線を下に向ける。 「相手は西郷吉之助(隆盛)。 上野では政府の為にやってくれたのだが……」 「上野戦争で幕府のために戦った人が三原屋で働いています。 とても優しくて素敵な人なんです」 梅乃は片山の話をして自身の気持ちを落ち着かせている。 「そうか…… 忠義とは悪くないな。 この戦争が終わったら、その男と飲んでみたいものだ」 大木は力強く笑った。 すると、医師団の一人が梅乃を呼ぶ。 「三原さーん、医師はこっち~」 「はい、わかりました~」 梅乃は大木に頭を下げ、救護所の看板が立っている方へ向かって行く。 
第 百十四話 かんざし 海は静かに波を立たせている。 軍艦が白波を作り、しばらくすると穏やかな青い海に戻っていく。 「高坂様、一週間も船に乗っていますが薩摩とは遠い所なのですね……」 船酔いも落ち着いた頃、梅乃が甲板で退屈そうに話す。 「一ヶ月は掛からないが、まだ一週間だ。 まだ掛かるな……」 当時の船はスピードは遅く、丈夫さが重視されていた。 「三原さん、すまない…… 怪我をした人がいて……」 医師団の一人が呼びにくる。 「どうされました?」 梅乃が慌てて船内に向かうと 「ううぅぅ……」 兵隊の一人がうずくまっている。 「どうかされましたか……?」 梅乃が兵隊の肩を持ち抱えると 「腹が……」 兵隊は腹痛になり、屈んだ時に船の揺れで頭部を裂傷していた。 「医務室に行って手当てをしましょう」 梅乃が兵隊を起こし、連れていかせようとする。 「待て! 勝手に持ち場を離れることは許さん!」 同じ兵隊の上官なのだろう。 胸元には沢山のバッチが付いていた。 「体調が悪いし、頭から血も出ております。 手当てが済んでから戻れば宜しいじゃありませんか」 梅乃は懇願するような目で上官を見る。
第 百十三話 里はいずこか 「わぁ~♪」 梅乃は感激していた。 人生で初めて船に乗り、海から見える陸をみて喜んでいる。 「梅乃ちゃん、船は初めてかい?」 大木がニコニコしながら訊くと 「前に小さなタライ船に乗ったことがあります……」 梅乃はケロッと話す。梅乃がタライ船に乗ったのは玲たちに誘拐された時だ。 宴席でその話を聞いた事があった大木は思わず苦笑いになっていく。 (そんな壮絶な経験をアッサリと……) 梅乃が海面を見ていると小さな魚が跳ねている。「大木様、これは何という魚でしょうか?」 梅乃が訊く。 キラキラした眼に大木は思わずドキッとしてしまった。 (いかん…… 梅乃はまだ十五歳じゃないか……) 陸から離れ二日、近衛師団や医師団は顔を青くするようになっていく。 「うえ~っ―」 船酔いである。 「大丈夫ですか?」 梅乃は船で救護にあたった。 「軍艦は揺れるからな…… そのうち慣れるよ」 大木は笑っている。 (医師団は船に乗らないから解るが、兵隊さんも?) 梅乃が首を傾げる。 近衛師団は天皇直轄の陸軍であり、初めて船に乗る者も多かった。 軍医の一人の年配男性がやって来て梅乃に話す。 「これは船酔いと言って、揺れからくるものだ。 数日すれば治まるよ。 それまでは嘔吐や熱が出た
第 百十二話 交換条件 吉原には厳しい季節がやってくる。 「もう十月か…… これじゃ年末や正月の目処《めど》が立たないよ……」 妓楼では嘆き節が聞こえてくる。 その中で、一番の打撃を受けているのが三原屋である。 引手茶屋では勝来の殺人容疑の噂が消えていない。 時折、出てくることで勝来の客は遠のいていった。 (今は我慢だ…… しかし、このまま勝来が沈んでしまったら……) 采にも嫌な妄想が膨らみ始める。 「勝来姐さん、失礼しんす」 梅乃が勝来の部屋に入っていくと勝来の表情は沈んだままで、菖蒲が慰めていた。 「梅乃……」 菖蒲が言葉を漏らす。 梅乃はキョトンとして 「姐さん、なんで暗い顔をしているのです?」 その言葉を聞いた菖蒲は 「お前、なんで そんな事が言えるんだい? 勝来が殺人者の扱いをされていると言うのに……」 菖蒲が憤っている。梅乃は決して空気が読めない訳ではない。 「でも、疑いは晴れたじゃないですか…… 私だって何もしていなくても『死神』と呼ばれていましたから……」 梅乃がケロッと話す。 当時は落ち込んでいたが、段々と前向きになれたから言える言葉だった。 「ここまで三原屋を落としてしまった責任があるからさ……」 勝来が言葉を漏らすと
第 百十一話 耐え難きを耐え吉原に戻ってくると、静かな雰囲気だった。 昼見世の時間、多くの客は夜の為に品定めをする。 どの娘と遊ぼうか……だ。大見世の客は遊女を替えることはしない。 最後まで選んだ遊女と過ごしていくのが一般的である。 中には金持ちや舞台役者などが顔を見せると、違う遊女を指名することもある。 そんな中、ゆっくりだが三原屋で成績を伸ばしている妓女がいる。 千だ。千は気遣いの達人であり、どの客にも優しく接している。 今までの吉原の風習であれば『女性上位』であり、妓女が嫌がれば簡単に出入り禁止になってしまっていた。吉原の大見世は格式が高く、客は黙ってご機嫌を伺うようになっていた。 その風習に風穴を開けたのが千である。「源八様、着物が破れかかっていますね。 縫ってあげますわ……」千が客の着物の糸がほずれているのを見ると、静かに縫い出す。 客は黙って酒を飲んで待っていた。千は客の顔を識別できない。 遣り手の元で客が支払いをするときに、遣り手が客の名前を呼ぶ。 そうして客の名前を覚えていった。 その為か、千は客の選り好みはしない。 誰にでも平等に接していくうちに、多くの客は千の癒しを求めるようになっていった。 「千姐さんは凄いです」 禿の一花が驚いていると 「せ 千姐さんは気遣いが凄くて、私も勉強になるんだ」 古峰が微笑んで説明している。 昼見世の時間が終わり、多くの客が帰っていく。 千も玄関で見送っていると
第七話 禿「会いたかった……」 近江屋の禿は、小夜の手を握っていた。「あ、ありがと……私、小夜。 あなたは?」「私、静(しず)。 よろしくね」 笑顔の二人に、梅乃がヒョコッと顔を出す。「小夜~♪ お友達?」「うん。 静って、近江屋の禿なんだって」 小夜は上機嫌であった。内気な性格で、梅乃しか友達が出来なかった小夜が、自力で友達を作ってきたのだ。「良かった♪ 私、梅乃。 よろしくね♪」こうして三人の禿は仲良くなっていった。時間が空いた時は、よく三人で話しをする仲になっていった。「そういえば、この前の妓女の事なんだけど……」 小夜がお歯黒ドブで亡くなっていた妓女の話を切
第六話 縁日「おはようございます。 いい天気ですよ、花魁」 小夜が窓を開け、玉芳を起こした。「―眩しい。 それに、昨日は飲み過ぎた……」 玉芳は頭を押さえている。「今日は、九(く)朗(ろ)助稲荷(すけいなり)様の縁日でございます。 花魁も支度なさってください」吉原の四方には稲荷社がある。 その中で、特に信仰を集めていたのが京町二丁目奥の九朗助稲荷である。九朗助稲荷では毎月、午(うま)の日は縁日とされている。出店が並び、毎回賑わっていた。「うぅぅ……頭が痛い……」 玉芳は重い体を起こし、着替えていた。この縁日は、花魁たちのパレードのような催しがあり「花魁、通ります!」
第五話 下世話なヤツラ「おはようございます」 梅乃は昼見世の時間前に、玉芳の部屋に行くと「ふわぁぁ……おはよ」 少し寝ぼけている玉芳が返事する。 それから玉芳と梅乃が小さい声で会話をしていた。 「なに? 本当かい? 行くよ」 玉芳が布団を蹴り上げ、起床した。 梅乃が話したことは、三原屋の妓女と余所の見世の妓女とで喧嘩になったとの噂を玉芳に話したのだ。 「場所はどこだい?」 玉芳は気合が入っていたが、何故か顔が嬉しそうであった。 「なんか花魁……楽しそうですね……」 梅乃は小さい声で玉芳に言うと、 「そんな事ないわよ! 心配なだけさ」 『ふんす!』 最後に気合を入れていた
第四話 継がれし想い 「ほら、いつまで寝ているんだい!」 朝の五時、梅乃は大声で起こされた。 「ふえ……?」 寝ぼけ眼で梅乃が目を覚ますと、妓女の大部屋が騒がしい。 “キョロキョロ……” 大部屋を見ると、全員が起きていた。 「起きた?」 小夜が梅乃の横に、チョコンと座る。 「なんで、こんなに早いの?」 「知らないの?」 小夜が驚いたように言った。 「江戸町二丁目の近藤屋が店を閉めるんだって!」 小夜は焦ったかのように話す。ここ吉原には五つの町が存在する。そこは大門(おおもん)から、突き当りの水道(すいど)尻(じり)までの約二百三十メートル真っすぐな道を仲(なか)